教育をすることは不可能です

幼児にとっての俵は遊びであるという認識をもってさえいれば

子どもが今度の発表会でボク
そして農耕が始まり集落が形成され、文字や言語が生まれ、集落が大きくなり町や都市が出来、そして国や文明が生まれて現代に至ります。ここで人間の脳に目を向けてみましょう。人間の脳は、他の動物に比べると巨大な脳を持っています。なぜ人間は脳が発達したのでしょう?私が小学生の頃は、道具を作ったり使ったりした為に発達したのだと習いましたが、現在は「コミュニケーションをする為に発達した」と言う仮説が有力視されています。その根拠とされる研究は、霊長類の大脳新皮質の大きさと集団の数の比率の研究で、霊長類の大脳新皮質の大きさは、集団の数に比例して大きくなっているのがかかって来たのです。

子どもは親の会話のパターンをマネするからです
この仮説を裏付けるような発見もありました。インドネシアで見つかったホモフロレシエンシスの化石です。ホモフロレシエンシスの身長は1メートル程度で、脳容積はホモサピエンスの1/3しかありません。しかし、その大きさの脳で高度な石器を作り、道具を使いこなし、狩をしていたのです。つまり、道具を作り道具を使いこなすには、ホモサピエンスほど大きな脳は必要ないと言う事なのです。

しつけになるこのごろ幼児

どもの最初のことばの先生であることすら自覚していないお母さんが大部分である。に育つわけがないまずだいいち、母親がここれで、こどもがりっぱ昔の人が総領の甚六と言ったが、お母さん先生が経験不足でろくに母乳語らしいものをやらないで育てると、どこか抜けた人間になる。それを甚六と呼んだ。生れつき頭がよかったり、悪かったりするわけがない。差がつくとすれば、生れてすぐからの母乳語による教育熱が高まっているのに、この点についての関心がゼロに近いのは残念というほかない生れたばかりの赤ちゃんである。もに話しかけるなんてバカみたい-そう考える母親がいるらしい。何もわからない。

幼児の顔を見ればガミガミ言うお母さん耳だってきこえるかどうかはっきりしない。とんでもない誤解であるわかってもわからなくても、赤ん坊はことばをきいて、ことばを覚える。話しかけてくれなければ、教材不足、いつまでたっても学習が進まないことばがおくれる。知能ももちろんおくれる。母乳語はこどもの一生を左右する。三つ子の魂をつくり上げる基本である女性は男性に比べておしなべておしゃべりだという。

児童に対して地球上のほとんどの生き物は

なぜなら先にも述べたように、人は、ほかとのかかわり合いを持つ時に、自分の「存在感」をはじめて把握できるからです。ところがかかわり合ってさえいれば自分の「存在感」がつかめるかというと、必ずしもそうではありません。かかわり合いの中でも、安心で快いかかわり合いでなくては自分の「存在感」はつかめません。第五話でも述べますが、このr安心で快いかかわり合い」こそが「愛」だと定義できますそこで、「愛」こそが人にr存在感」を与えると言うことができます。それだけではありません。r存在感」を持った自分であってはじめて、ほかからのr愛」を感じとり、ほかをr愛」することもできるのです。

幼児の遊びは生活である-といわれる根拠ですこのように

r愛」と「存在感」とは密接に循環し合っている一体のものなのです。愛の定義を、どのようにして考えられたのですか?前のQで述べた「安心で快いかかわり合い」というように愛の定義をしたわけは、r癒着の愛」すなわち「愛の原型」である赤ちゃんの愛は「母親との安心で快いかかわり合い」ですが、それが発展した大人のr高度な、分離した自立的な愛」も、その基本は「安心で快いかかわり合い」にかわりはないという考えかQ愛にはどんな役割があるのでしょうか?愛の定義をしてみても、実際にあまり役立ちません。それよりも、愛の役割を取り上げた方が実践的だと思います。役割を六つに分けてみました。愛の役割については、拙著『心って何だろう』(麗沢大学出版会)にも詳しく書きました。-存在感を与える(愛されている自分)2自己愛(生きる意欲。

      幼児とともにいて楽しい!
      子どもの心理や生活全体のことを無視した宿題を出すのです
      子どものおなかが当たるようにうつぶせにして

しつけはおおらかだったんですね

育てたいと考えている親御さんが大多数です

子どもの創造力がぐんぐん伸びますロープ木片「ヘンだよ」「またまた!」と、素直に受け止めてくれないこともあるかもしれません。でもそう言われるのを怖れて、ほめたいのにほめないなんておかしな話です。子どもに与える影響を思えばささいなことです。受け流して、どんどんほめてください。「今日の寝癖、かつこいいー」でもいいぐらいです(笑)。

子どもを叱ることによって

最初は努力がいるかもしれませんが、ほめるほうもだんだん気持ちよくなってくるのです。今まで見えていなかった子どもの良さや成長ぶりがよく見えるようにもなります。ほめられた子どもも、どんどん自信をもって自分から何かを始めようとするでしょう。こんなにいいこと尽くしなのですから、ほめない手はありません今までの「怖くて厳しいお母さん(お父さん)」というキャラを変えることを怖れず、どんどん「ほめキャラ」に変わっちゃってください!ほめ方には三種類あるほめ方も子どもとの関係やシチュエーションによって変えると、類あると考えています。より効果的です。ほめ方には三種1とにかくなんでもほめまくる一つは「マシンガンのようにほめまくる」。幼児の心身の健康と賢い脳を手に入れましょう

児童を自分との世界に引き込むことができます

そして、一応、泣かしちやったほうの親が先に謝るというのが親同士のルールだと思えばいいんです。自分の子のほうが悪いから謝るのではなくて、それが社会生活を円滑にするための親同士のルールだと割り切ってください「まだ十分にしつけができていないこと」や、そもそも「元気が良すぎること」を謝る必要はありません。「(結果的に)叩いてしまった、泣かしてしまった」という部分についてのみ謝るのだと割り切ればいいのです。仮に「ひどいお子さんね」とか「どんなしつけをしているのかしら」なんてイヤミを言われても、子どもや親自身の人格を否定される筋合いはどこにもありません。反論するのも時間の無駄ですから、そして、「(あくまでも結果的に!)そんなこと、神妙な顔をしながら軽く聞き流してください。

幼児たちは望んでいます私はその意味で

子どもは遊びのなかで五感を使うことで
子どもだけでなく、お母様にも不快な思いをさせてしまってすみません」ということだけ別にこちらだけが悪い訳じゃないけれど、謝ればいいのです。狭い道ですれ違いざまに肩がぶつかり、「あっ、ごめんなさい!」と言うようなものですとりあえず自分から相手も良識のある人なら、「こちらこそ、ごめんなさい!」と言ってくれるはずです親の人間関係構築力で子どもを守る!男の子は、小学生になっても休み時間には仲間でじゃれあいますし、が大好きです中学生になってもやっぱり友だちと乱暴につきあうこと学校高学年以上になると、やりすぎることが少なくなりますし、少々やり過ぎたとしても自分たちで問題を解決できることどうしても大人が介入する場面が多くなりまが多くなるので騒ぎになることは減るのですが、園児から小学校低学年のうちは、でも述べたように、子ども同士のケンカには大人が介入しないというのが大原則なのですが、たくさんの子どもを預かる保育園や幼稚園や小学校ではそうもいかないでしょう。誰かが誰かを叩いて泣かしてしまい、しかもアザができてしまったりしたら、園や学校としては保護者に報告しなければなりません。本来であれば、預けている間にそういうことがあったという事実のみを受け止めて、子ども同士の人間関係には立ち入らないというのが親のあるべき姿であるはずなのですが、そうは考えてくれない親御さんもいます先述の、公園でのお友だちとのトラブルと同じように、まずは謝り、親同士の大人の関係を損なわないようにするしかありません。特に園や学校では、公園と違い、同じお友だちとずっとつきあっていかなければならないので、親同士の信頼関係は子どもの居場所を守るうえで不可欠です「困ったちゃんのママ」みたいな視線を感じて、ママが引きこもってしまうと余計に事態を悪化させます。
教育のうちで最大のものではなかったかとこれも

第一子の才能を伸ばす

治療が必要なので、すぐに病院へ水ぶくれはか虫刺されやあせもなどをかきむしると、とびひになることがあります。とびひとは、皮膚に細菌が侵入して起こる病気。患者との皮膚接触によってうつることが多く、感染するとかゆみのある水ぶくれができます。くとすぐに破れて、いつまでもじくじくしています。また、水ぶくれの中にはたくさんの菌がいるため、それが飛び散るとあっという間に全身に水ぶくれが広がってしまいがちです。

子どもはこれから社会に出ていくのですから何でも叶うと思ったら違うんだよという事を教えなければならないんですね

子どもの性格ではなく
とびひになったら、市販の薬をつけるなど家庭でのケアでは治りません。抗生物質の飲み薬と軟こうによる治療が必要なので、水ぶくれに気づいたら、また、タオルなどを共有しているとうつるので、きょうだいがいる場合はタオルも別にして、できるだけ接触しないよう気をつけましょう。つぶれる前にガーゼなどでおおって、早めに小児科か皮膚科へ行きましょう。日焼けで真っ赤になって、痛そう。どうケアしたらいいですか?うっかり日焼け止めを塗り忘れて海で遊ばせたら、顔や腕が真っ赤になってしまいました。

幼児から遊びの時などと考えて

子どもの個性を

育ての対極にある状態と言えます
誤解のないように書いておきますが、だから放任でいいのですよ!」と言ってるのではありません。念のために。お母さんが男の子という生き物をもう少し理解して、その特性に応じた効果的な関わり方をすることで、親子のすれ違いを少なくしていき、お互いが気持ちよく、そして子どもがよりよく成長できるようにしたいと思っています。ここではもう少し男の子という生き物の特徴を知り、相手の理解ができるようにしてみましょう。突然走り出す!衝動性が強い◆いきなり予想外のことをしでかす子どもの特徴のひとつは「衝動性」が強いということでしょう。とりわけ男の子はその傾向が強いように感じます。

育ての一つとしてと聞いて
何事にも個性や差は存在していますので、絶対というわけではありませんが、保育士をしていてそのように感じます。衝動性というのは、突然の動きや動作のことです。予想のできない動作は時としてケガやトラブルにつながります。ある市内公立保育園で、てでしょうか?1年間に病院にかかった子どもの数の統計をとったところ、男子が女子を上回りました。他の都市の統計などを見ても、やはり男の子のほうがケガは多いです。

育児のおくれがあらわれている

それは、子どもの欲求にそのまま従っているか、それに負けてしまっている親だからです。つまり、子どもを溺愛しているのです。ですから、子どもは自己中心的です。わがままです。このわがままをだんだんになおしていかねばなりません。わが国の大人たちの公衆道徳の欠如は、長い間の家族制度と、封建制度によって作られたものが多いのです民主主義が建前になったとはいえ、本音は前の時代のものがたくさんにあります。

幼児が自発性の発達しているよい子です本音を変えなければなりままず、大人たちが考え方を変えるには、車中でどのようなことを守るべきかについて、他人に迷惑をかけないばかりか、他人を援助するえ合ってほしいのです。教師と両親がともにその話し合いに参加することは、ともに子どもに公衆道徳を守らせるための項目を決め、子どもを教育しながら、教師も両親も自分自身の教育をすることが必要だからです。-ことをどのように考え、実際にどう教育したらよいかを、両親も教師も考子どもに対する教育が先になってもよく、親たちが芝生に入ろうとしたり、紙屑を捨てたとき、子どもの方から「それをやめよう」という発言が出れば、ハッと気がつく両親があると思います。座席についても、混んできたら、自分から席を立つように教育し、とくに老人やからだに不自由のある人に席を譲る子どもがあれば周囲の大人も気がつくでしょう。公衆道徳がしっかり根を下ろすまでには、まだまだ道は違いという感じですが、両親に対する教子どもに対する教育も行い、その両方から、公衆道徳教育が定着することを願わずにはいられま育とともに、このような面から、子どもの思いやりを養うことは、人格形成にとっては重要なことです。

子育てに絶対に欠けてはいけない事が抜けていたと分ってきたのです

10歳前後で自然に落ち着いてくる「まともな大人になれるのかしら?」と不安になることも多々あるでしょうあんまりに元気が學ぎる男の子を育てていると、でも、大丈夫子どもは前思春期を迎える10歳前後に劇的な変化を遂げると、多くの学校や塾の先生が口をそろえます。学年にして小学校4年生前後です。それまで落ち着きがなくてうるさいばかりだった子どもが、とたんに静かになり、落ち着きを身につけるのです特に「わんぱく坊主」や「やんちゃ坊主」として有名だった子ほど、そういう傾向が見られるといいます。ちょうど「いい子」が思春期以降、問題行動を生じ始めるのと裏腹にですトータルで考えれば、どの子もみんな同じだけ手がかかるようにできているのです。それが早いか遅いかの違いでしかないの小さいときに手がかかる子は、その時期さえすぎればあとは自力ですーっと伸びていきます。

子どもたちは不安で不安で仕方がない

目の前の我が子の怪獣っぷりに目を覆いたくなるときこそ、その子が10数年後に立派な青年に育った姿でも思い描き、「きっと大丈夫」と思ってあげてくださいきっとその通りになります。しつけはおまけわんぱく坊主」や「やんちゃ坊主」が叱られすぎてせっかくの才能をつぶされ、叱る親のほうもヘトヘトになってしまうというよくあるパターンは、「しつけ」にばかり気を取られ、もっと大事なことを見落としてしまうから起こる悲劇です。社会のルールを知ったり、人に迷惑をかけないように気を遣ったりすることも、大人になっていく過程ではもちろん必要なことではありますが、そんなことは些末なことだと思います。言語を自然に覚えるように、場数さえ踏めば、社会性なんてものはほうっておいても自然に身につきます。「しつけ」なんて、「自立したたくましい一人の男を育てる」という壮大なプロジェクトにおいては、おまけみたいなものなのです。

      幼児は必ず本好きになる字が読めるようになってきたら
      子どもも少なくありません
      幼児たちといっしょになってしたので

子どもにしなければなりません

育てをしているんだということを理解して

しつけというと、うっかりすると、大人の立場や気持だけで、「よいこと。悪いことを決めて、悪いことをしたときには叱る-ということになってしまいがちですが、これこそ「思いやり」のないしつけ方というべきでしょう。つまり、しつけは、子どもの立場(とくに発達心理の上での立場)を汲みながら実現すべきものなのです。「思いやり」の心はまず親たちの間でところが、そうした態度が、家族の間で割れてしまっていては、「思いやり」の心は発達しません。お母さんが、「大事、大事」と言っているのに、お父さんが、「そんな物は貸してやれよ」などと言えば、お母さんの言った言葉を聞かず、自分中心の行動の多い子どもになってしまいます。

幼児から目を離すことができませんが

そのようなお父さんは、お母さんの立場に立って考えることのできない、「思いやり」の少ないお父さんといえましょう。その意味でも、初めに述べたように、夫婦の間で「思いやり」を育てることに努力しなければなりませんそれには、二人でよく話し合うことが大切ですが、わが国の夫婦は、それを落ちついて実現できる時間と場所を持っていません。欧米の家庭では、子どもたちを寝かせたあと、二人でよく話し合うことが、習慣になっています。その際に、相手の立場を考え、気持をよく汲むことができれば、その家庭の雰囲気は温かいものになところが、自分の立場ばかりを主張し、自分の気持を爆発させてしまえば、夫婦げんかになりがちで、そのような夫婦が多くなっているのは、人格が未成熟なまま結婚したからです。それが子どもに及ぶと、ガミガミと叱ってばかりいるお母さんになったり、子どもと遊ぼうとせず、好き勝手なことをしているお父さんになる子どもは親の後ろ姿を見て育つ母親や父親の世間話の中で、他人の批評がでてくることがあります。

 

幼児の脳はまさに建設中のタワーなんです

それは、子育てに父親の要素がしっかりと入ることで、バランスの取れた人格と能力を持つ子どもに育つはずだと言うこと。この通級教室は中学卒業まで通っていたが、おそらくは役に立っていたのだろうと思う。私の前では萎縮して本音を言えないこともあったが、友人とは気持ちのすれ違いを起こしてトラブルになるようなこともほとんどなく過ごせるようになった。そして、もう一つの心配材料だった学力について。長男は幼稚園のころから関心のあることについては抜群の記憶力を示していた。
言葉をうまく使える脳を育てる

もちろん三食どれも大切なのですが子どもの脳

なので覚えるだけで済む間はある程度は大丈夫だと感じていた。しかし、発達障害の子どもたちにありがちな因果関係の理解や、推論をする力の発達の遅れが顕著になってくれば、いつか学校の授業に着いていけなくなるだろうと予想していた。だから、勉強については発達障害の診断が下りてからは、無理強いは止めておこうと思っていた。やらそうとすればするだけ、親が焦ってしまい苦しくなる。ただ、本人が楽しめる限りはいろいろな働きかけを通して、考えたり想像をしたりして知能を高めていくように導いていくことにした。

育ての時期にうまく育っていなかったと考えれば

子どもは「おねしょをしたら、と大きなプレッシャーを感じ、よけいするようになります。「おねいずれにしても、怒られる」どうってことない」とおおらかにかまえて、見守ってあげてほしいですね。気がつくと、おちんちんをよくさわっています気がつくと、よくおちんちんをさわっています。テレビや本を見ていたり、寝るときやおふろで湯につかっているときなど、片手があいているときにしているのですが、ばい菌が入って腫れたりしないか、(4才·男の子)さわっていたら、やんわり注意を。プライベートゾーンについても教えて男の子は、緊張したりイライラしたとき、おちんちんをさわって気持ちを落ち着かせることがあります。

しつけが明治以来とうとうと流れている

男の子でも女の子でも、無意識に性器をさわったときになんとなく気持ちいいと感じて、さわるのはやめようね」さわることがくせになることもあるかもしれません。いずれにしても、さわっているのを見たときはしかるのではなく、「ばい菌が入って痛くなるといけないから、とやんわり注意するといいでしょう。また子どもには、プライベートゾーンといって「他人に見せたりさわらせてはいけない体の場所」してはダメだよ」と言い聞かせておくことは、性犯罪の防止にもつながります。があることを教えておきたいですね。性器をさわっているのを見たら、「そこは大事なところだから、人に見せたりさわらせたり自由にさせていいですが、直接さわると亀頭包皮炎になることもあるので、おちんちんは子どもの体の一部なので、自由にさわらせてあげていいと思います。